
3年前に始まった私たちの事を書きました。
距離と時差がデフォルトの私たちだけど、何とか繋がり続けられたのは、やはりお互いに対する強い想いがあったからだと思っています。
私はこの3年、今まで経験した事のないような美しいだけではない感情に見舞われました。
不安に駆られ、疑心暗鬼になり、彼の気持ちを信じられなくなったり、自分の立場の惨めさに耐え切れなくなったり。
ジリジリとした気持ちで出したメールも、ワイファイのない環境では、配信されるまで数日かかったり、その時間に増幅する事もあれば、落ち着く事もあり。
そんな時間差を利用して彼からは返信があったりなかったり。
でも彼の器の大きいところは、私がこの関係ゆえに苦しむ事を面倒くさがったり、距離を置いたり、突き放したりしなかった事。
だから私は不倫だから楽しい所だけ、と言う我慢をすることなく、ぶつけたい事はぶつけて、都度お互いの本音を受け入れて来たと思っています。
もちろん、ぶつけ方は考えましたが、男性を手のひらで転がす、と言うような男尊女卑の裏返しの様な方法は取りませんでした。
考え方の違う男女の思考の仕組みを、女性だけが理解して男性に合わせていては、中間地点に辿り着くことはできないと考えます。
中間地点に辿りつかなくても、男性を気持ちよくしていれば幸せならそれもひとつ。
ただ、減っていく連絡、相手の気持ちがわからなくて悩む女性の多さを見ると、二人で築くべき事を一人で担って四苦八苦しているように見えるのです。
そして、もし男性が本気で女性を大切にしているなら、きっと二人で背負うべき苦しみを女性に任せて安穏とする事はないように思います。
それがキャパオーバーなら、率直に言ってこの関係を持つには脆弱すぎるのではないでしょうか。
今、考えても、私の彼は私の自爆に良く耐えました。
そして私も懲りもせず良く説明したと思っています。
現在も、悩みが皆無までは行かなくても、悩んだ事を彼に打ち明ければ良いや、と言う気安さがあります。
私達は今日で1カ月と3週間会っていません。
3週間前の、1カ月経った時、タイミングが1日ズレて会えませんでした。
その時彼はLINEで
なつみ、まだ1カ月だよ?
と言いました。
そうか、この人はいつまで会えなくても大丈夫なんだ、
昔と同じで、会えないから心が離れることのない人なんだ、
と安心して、なぜか顔がにやけました。
そして実は今、飛行機に乗って日本に向かっています。
彼と一緒に一週間ほど、ご褒美の旅行です。
行き先は知りません^ ^
彼が全て計画してくれていて、きっと私を驚かすつもりなのだと思います。
長々と読んで頂きありがとうございました。
どうぞみなさまお幸せに。
お相手様を大事にするように、自分の心や気持ちも大事にして、無理のないお付き合いができますようにお祈りしています。
なつみさん、こんにちは。
ずっと読んでました。
連載小説みたいで、なつみさんの投稿、楽しみにしてましたよ。
なつみさんと彼は、恋人、愛人と言うよりも「同志」って言葉が似合う気がします。
いろんな感情を我慢せずぶつけるなつみさん、ちゃんと受け止める彼さん。
羨ましいな、と思いました。
愛し合うふたりの、本来あるべき自然の姿なのかな。
今頃彼さんと一緒かな?
楽しんでくださいね。
なつみさん、全部読ませて頂きました。
特にこのたびの投稿、共感いたしました。
私も苦しい感情はお話しています。TPOや話し方は、かなり工夫しますが。
彼は、色々な気持とか、どうして欲しいかを話して貰った方が嬉しいと言います。
女の人って、突然不機嫌になったりして態度で何かを伝えようとする、それは最初のうちは頑張って理由を聞いたり分かろうとするけども、段々面倒になると彼は言います。
女性が不機嫌になるまでは、細々と何かを訴えていたりすると思いますが、それだけ鈍感なところがあるのでしょうね。
私と彼もよく話します。
付き合いが落ち着いてメールが減り出した時に例外なく私も落ちました。しかし、その時も彼と話しました。自分の気持、そして何故そう感じるのかを理論的に。
なつみさん、デート楽しんで来てくださいね。
なつみさん
既成の小説より、ずっとずっと素敵なエンディングでした。
距離も時間も乗り越えるお二人の絆の強さに感動してしまいました。。。
私は半年ぶりに彼に会うために、来月地球を一周します(笑)。私たちも距離と時差がデフォルトで、時々メールもつながらなくなってしまいますが、お互いを信頼できるような絆を気づけたらいいなあと、なつみさんたちのこれまでを読ませていただいてい思いました。
日本で素敵なバカンスを過ごしてくださいね。なつみさんと彼さん、そしてご家族のお幸せをお祈りしています。
なつみさん
ほんとうに、小説のようです。才能と好奇心にあふれた方なんだろうなと想像します。
以前の投稿では、返信コメントをありがとうございました!
パパさんにも感謝!!です。
学生時代の彼と年賀状だけの繋がりであること‥なつみさんはそういう形が一番綺麗な形なのかも‥と書いてくださいましたが。。
それぞれ、残っている気持ちや性格もあります。私達はお互い昔好きだったという過去形な気持ちと、幸せを願うことだけがある。正直、懐かしく、会って話してみたいとも思いますが、彼は何より家族を大切にする人で。そんな彼が大好きなので、年賀状だけの繋がりがいいのだろうと思っています。
最後の電話の時、80歳になりお互いの伴侶がいなくなっていたら、一緒になろうって約束しました。きっと忘れないでいてくれると信じてる私は、オメデタイかも(笑)
なつみさんと彼さんは、運命のお二人なのだろうな、と感じます。そしてお互い学び合う相手。
彼さんには、ずいぶんトラウマが残っていたようですね。
しかし、それがなつみさんとのことに端を発した事であっても、自分自身でそれを克服する術はあったかもしれない。
なつみさんのせいにする事を、なつみさんは当然と思われたでしょうが‥それは彼の甘えの部分で。
彼さんもなつみさんの自爆テロを突き放さず耐えられたかもしれませんが、なつみさんもよく彼さんを受けとめられたなぁと思いました。
多くの時間と沢山の言葉で、それらを乗り越えて来られたお二人には、太くて丈夫な赤い糸が紡がれているのだろうなぁと、胸が熱くなりました。
ご投稿、お疲れさまでした。
(^ ^)また書いてくださいね。
日本でのデート楽しんでください♪ 素敵なバカンスを☆
こんにちは。
初めて参加させていただく「あや」と申します。
年齢は40代半ばです。
なつみさんの投稿を読んでいて、私と似ているところがあり、コメントさせていただきたくなりました。
私は約1年前に大学時代に4年間付き合った彼と再会しました。
その時、お互いに対する気持ちがあることを確認してしまい、辛い日々を過ごしています。
ただ、この20数年、全く離れていたわけではなく、別れた後も友人として、他愛ないことから悩んでいることまで、いろいろとメールをしあったり、ごくたまに電話をしていました。
“友人として”と書きましたが、これは私は彼の負担にならないようにそう振る舞ってきたのです。
本当はずっと好きでした。
私には子どもはいませんが夫がいて、彼には別居中の奥様とお子さんがいます。
彼に「今までのように連絡をとると、ご主人に対して罪悪感を感じるし、このままだとまた会いたくなるから、もう連絡をとりあうのはやめよう」と言われ、今は連絡もとっていません。
正確に言うと、彼の方が電話に出てくれず、返信もくれなくなりました。
一時は再開したのですが、また突然連絡がなくなり、今では私からも連絡はしていません。
私もその方がいいということは頭では分かります。でも、心がついていきません。
彼と話がしたい、でもそれは夫に対する裏切りだと思うと気持ちが苦しくなります。
私が夫と結婚したのはお見合いみたいなもので、年齢的な焦りもあり、好きだとかそういう感情ではなく、この人なら優しそうだし、大企業に勤めいているから生活に困ることも無いだろうという打算がありました。
実際、夫は良い人で結婚して10数年経ちますが、離婚の危機なども無く平穏に暮らしてきました。
ただ、私の中では常に彼の存在が心の奥の支えでした。
彼にとって私は支えとまではいかなくても、弱音を吐いたり、誰にも話せない悩みを相談できる唯一の相手だったと思います。
私はこのまま一生関わりのない人になってしまうのだったら、離婚して彼のもとに行きたいとまで考えてしまいます。
人類学や脳科学では、人間の恋愛感情は4年でなくなると言われていますが、こうやって長く思い続けたり、再会して気持ちが復活するのはどうしてなのでしょうかね。
ただの腐れ縁なのでしょうか?それともこれが本当の運命の人なのでしょうか?
自分の気持ちを整理できずに苦しくなります。
でも、私と同じように長い年月が経ってもお互いが想い続けていて、それが今いい形になっているお話を聞くことができて元気をもらえました。
ありがとうございました。
もし、お時間がありましたら、その後のお話も投稿していただけたら嬉しいです。
ちゅーさん
コメントありがとうございました。返信が遅くてごめんなさい。今朝までずっと彼と一緒で、ネットに時間を割くことができませんでした。
今日は、彼が急な仕事で、一日出かけるので久々の一人の(自由な!!笑)時間です。
私も、彼と再会して3年の間、色々な心境を行ったり来たりしました。
このような人に言えない関係のくせに、彼を求めて一喜一憂することの愚かさ、自分を卑下するように彼の与えてくれる枠で我慢しようとすること、その我慢が、我慢と自覚するからこそ苦しくなること。
そして一番は、愛情を口に出さない彼だからこそ、彼の愛情を信じるのにとても時間がかかったこと。
私たちは今も一緒にいるとき、甘いことはほとんど口にしません。たまーに、つくづく顔を見て心から、愛してるよ、と言い合うくらい。
なぜか政治経済、文化について話合うことが多い、恋人同士とは思えないトピックが多いのです。たぶん、価値観が似ていて、そんな話をするほうがお互いに楽しいのです。
同志、良い響きですね。
彼に生涯の同志、と言ってもらえるといいな。
はなだいさん
コメントありがとうございます。返信が遅れてごめんなさい。この6日、彼と一時も離れず一緒にいたので、書き込みをするスキ(笑)がありませんでした。
男性と女性はもともと思考が違うので、すれ違うのは当たり前、そしてそれを「女性が」受け入れて包み込んで一歩引いたり、理解したりして何とかつつがなく付き合いを続けるべし、というようなこの関係のエキスパートのような人が言うアドバイスが私にはいつも少し違和感でした。
この関係でも恋愛は恋愛。相手を大切に思う気持ちは大事だけれど、自分の気持ちや感じたこと、それを伝えることを殊更に抑える必要はないと感じています。
言葉にしないことはないも同然。
嬉しかった事も、悲しかった事も、言葉にしないと相手には伝わらないし、相手にとってはうれしがっていなかったこと、悲しがっていなかったこと、になってしまいます。
言わずに我慢することが、自分の立場を守ることになる人は我慢を我慢とも思わずにできるでしょう。
でも私はだめです~
我慢して心が楽になったためしはない。
そんな時期を経まして、言ってダメになる関係なら、その程度。伝えて重く思われるくらいなら、その程度の愛情、とそう考えるようになりました。
はなだいさんのお相手さまも伝えてもらう方が良いとおっしゃるなら、これからも気持ちはこまめに、上手にお伝えしたらきっとお互いの信頼感も少しずつ育っていくし、お互いの愛情も信じられるようになっていくでしょうね。
お幸せに^^
きりんさん
再度のコメントありがとうございます。
今朝までずっと一緒に過ごしていましたが、今日は急な仕事で一日別行動になるので、鬼のいぬ間の洗濯です(笑)。
再会してからの私たちの3年間は、なかなか会えないことが当たり前なのに、会えた時間も喧嘩したり、冷戦したり、今の距離感を築くのに時間がかかりました。一番きつかったのは、日本へのフライトの10時間の間にくだらないことで喧嘩になり、9時間くらいお互いを無視しあった(おバカな)経験です(笑)。成田に着いて、「私、もう疲れた」と言ったら「俺も~」と言った彼がおかしくてつい笑ってそれまでは成田で別れようまで意気込んでいたのに仲直りしてしまった・・・不惑の40代なのに惑い通しの二人です。
でもそれもこれも私たちには必要なプロセスのひとつでした。
地球を半周して会いに、楽しみですね。
きりんさんがきりんさんのままでお相手さんと理解を深めて強い絆を結べますように、お祈りしています。
Rei さん
お返事遅くなりました。
昔、故あった人と再会して、良い点と悪い点、両方あると思います。私達も、これから先どうなるか、わかりませんし^ ^
彼のトラウマを彼自身が癒す機会は今までにも確かにあったから、奥様と出会い結婚し家族をスタートしたのだと思います。
でも、私が与えたトラウマは、また私と付き合う事になったのなら、私が癒さなければならないと思っています。
昔、その部分から逃げたので。
おかげさまで楽しいバケーションでした(まだ終わってないけど)。
だんだん、お互いの地雷もそのかわし方もわかってきました(笑)
なつみさん
ラブラブで何よりです。ごちそうさまです(笑)
遠距離移動中の喧嘩ですか、それは堪えますね。そういうことも乗り越えてのお二人なんですね。
私が地球を3分の2周(彼の国に行く前に別の国にもよるので)して会いに行くというのに、私がうっかり地雷を踏んだようで、拗ねられてしまい、10日ほど音信不通でした。このまま出張に突入かと思っていたのですが、なんとかご機嫌が直ったようで今日はメールが来ましたが。
日本はうっとおしいお天気が続いていますが、引き続き素敵なバカンスをお過ごしください。
あやさん
コメントどうもありがとうございました。
返信が本当に遅くなってしまってごめんなさいね。
あやさんにも再会した彼がいらっしゃるのですね。そして彼さんは今踏みとどまろうとしている。私も彼とメール以外のやり取りで再会するまでには随分逡巡したものでした。メールの交換や電話だけの時は今、考えてみると楽しいという気持ちが大半だったように思います。
その後、実際に再会した後は、絶え間ない苦しみが始まりました。
脳科学では4年でなくなるといわれているのですね。
私が思うに、4年経つと恋愛感情がなくなる、というより恋が愛に変わっていったり、違う形の思いになるということも含めるのではないでしょうか。その中で情熱的な気持ちが落ち着いていったり。
こればかりは、自分の気持ちがどう変遷していくのか、その時の状況や事情との絡みもあり何とも予想がつきません。
あやさんもこの先、彼さんと実際に会うことになるかもしれないし、ならないかもしれない。今ある苦しさは実は実際に会うことになってからの苦しみよりは幾分ましかもしれない。
でもその先に何か幸せなこと、自分の人生にはこの恋があって良かった、と思える時期が来たら良いな、と私自身についても願っているし、あやさんにもそんな時が来ると良いですね。
ありがとうございました。
きりんさん
そろそろ旅行の準備も本格化した頃ですか?
私は昨日、帰ってきました。
地雷を踏んで拗ねられる・・・私も何度も通りました。
拗ねる、というのはほぼ日本人男性にしか見られない現象です。初めて彼に拗ねられた時、本当に訳が分からず困ったことも(笑)
放っておくのが一番みたいですね。
きりんさんの報告も楽しみにしています♪
なつみさん
おかえりなさい。無事にご帰国何よりです。
そろそろ準備を始めました。昨日、出張に持っていく文房具類(彼のいる国ではまともな文房具類がないらしく)を大量にお預かりしたところです(笑)。彼へのお土産は週末に調達です。リクエストは食べ物ばかりですが。。。
「拗ねる」のは日本人男性の特徴なんですね。夫も昔の彼氏も拗ねるということをしない人達なので、突然音信不通になる彼の態度に困惑してました。最近になってようやく拗ねているということがわかり、そっとしておくのがよいというのもわかってきました。が、「拗ねる」ってなんとなく、子供っぽい感じがするのですが、なつみさんの彼さんはそんなことないのでしょうか?
年の差を差し引いても、いろいろな面でお子様なところが見え隠れしている彼なので、どう接していいものか、勉強中です。
きりんさん
準備中が一番楽しいのですが、お仕事関連で行く場合はそうとばかりも言っていられないのでしょうね。
お土産の食品類は、国によっては厳しく検閲されるのでご注意くださいね。
拗ねるのは日本人の特徴だと言っても良いと長年の観察で思っています^^
自分の意が通らない、反論されて議論する気力がない、そんな気持ちと、議論することは子供っぽいので、同じ土俵に立たない自分を見せる、というような複雑な気持ちが混ざり合って、結果的にはぷいっとヘソを曲げてその話題には触れないようにするが、実の所、自分でも納得していない、という感じ?だから基本的には何も解決していなくて、ただ拗ねただけというのが露見します。
拗ねる、って幼稚だと私も思います。
私の彼も最初のうちは拗ねていました。
でも、上記のようなことを何度か説明して、他人のそれも観察させていたら、納得できないことは説明するようになってきました。
年の差があるなら、そういう部分も引き受ける醍醐味はあるかもしれないですね^^
なつみさん、お返事ありがとうございました。
同じような思いを持ち続けていた方がいたことが嬉しくて、初めてこういう場にコメントしました。
一方通行ではなくお返事をいただけると、お会いしたことがないのに、何だか以前からの知り合いだったような気分になり、とても不思議な感じがしています。
彼とは4年間位連絡が途絶えたことがあるのですが、その時はなつみさんのように彼が夢にでてきました。
一年に1,2回でしたが、彼が子だくさんの家庭で良いパパでいるところを、私が陰でこっそり見てるなんていう夢だったりしました(実際にはお子さんは一人なんですけれど)。
そんな朝は起きた時に重い気分になって、忘れようとしてるのに何で夢に出てくるのよ!と彼に対して理不尽な怒りを感じました。
メールのやり取りや電話だけの時は楽しかったということ、よくわかります。
以前、彼は私に対して「何かしたいとかそういう相手として見ているのではなく、ただ話がしたくなる」と言っていました。
だから私は、これは単なる異性の友達と連絡をとっているだけ、と自分に言い訳をしていた気がします。
そのせいか、夫に対しても罪悪感を感じずにいました。
でも今は何も知らずに普通に接してくる夫に申し訳なさを感じるし、優しくされると私はそんな価値の無い人だからそんなこと言わないで、と夫に対して苛立ちを感じてしまいます。
先に進むと更に苦しみがあるかもしれないということ、確かにそうですね。
嬉しさと同等の苦しさがあるような気がします。
今思うと、彼はそれを分かっているんだろうと思います。
「平凡な日常はとっても大切なことだよ」と言っていました。
今は彼はまだ答えが出せないのかもしれない、そうではなくもう出した答えが今の状況になっているのかもしれない。
私にはどちらなのかは分かりませんが、考えても仕方ないことなので考えないようにしようと思います。
こちらにコメントを書かせていただいて、心が少し軽くなりました。
なつみさん、ありがとうございました。
そして、このような場を作ってくださったパパさんにも感謝しています。
今後もどうぞよろしくお願いいたします。