『おおきな木』

2017年5月27日

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※画像引用元・sydtayori.exblog.jp

みなさん こんにちは。

 

私には昔、おとな向けの絵本を読んでいた時期がありました。

 

そのころ買った本の一つに

『おおきな木』

シェル・シルヴァスタイン 作・絵

本田錦一郎 訳

というのがあります。

 

1本のりんごの木が、ひとりのともだち“ぼうや”に

自分の果実、葉、枝、幹、すべてを与え

それでも木は、ただひたすら喜びだけを見出していた…というおはなしです。

 

ベストセラーにもなっていたので、知っている方は多いかもしれません。

読んでいない方は、ぜひ一度読んでみてください。

 

この本を10年以上前に読んだときには

“おおきな木”が、かわいそうで…かわいそうで…。

“ぼうや”を悪モノとしてしか見ることができませんでした。

 

最近になって

この本をもう一度読んでみると、同じ本なのに感じ方が違っていました。

不思議ですね。。

 

幸せだったのは“おおきな木”のほうで

“ぼうや”は幸せになれなかったんだな…と感じました。

 

この本の あとがきに

『「与える」ことは、あふれるような生命の充実を意味しているのであって、

犠牲的喪失を意味しなかった。一箇の切り株になっても、

なお「与える」ことを忘れないりんごの木に言い知れぬ感動があるなら

その感動こそ、「犠牲」ならぬ真の「愛」のもたらすものにほかならない』

と書かれています。

 

絵本の真意がみえてきた今の私は、

“愛”を心で感じられるようになってきたのかもしれません。

 

私の彼は

私が心変わりすることはなく、

このままの関係をずっと続けていけると信じていると思います。

 

そして私は

そんな彼の思いにすべて応えるつもりです。

 

もし私が、彼を心から好きではなくなっても…

彼の気持ちを裏切ることは決してありません。

 

ただ、私の心は、“おおきな木”のように純粋できれいなものではなく

 

私が苦しんできた過去と同じ思いを彼には経験させたくない、

という気持ちと

結婚の誓いなんて比べものにならないくらいの覚悟をもって始めた関係を

そう簡単にやめるわけにはいかない、

という変な意地があるだけです。

 

もちろん彼のことは好きですが

“おおきな木”のように、与え続ける…

ということだけに幸せを感じられるほどの境地には至りそうもありません。

 

また、人は、与えられると『お返しの心理』が働きますから

支え合う関係 が現実的ですね。

 

そう考えると、

彼からの愛情を感じれば感じるほど

それに応えられない彼女は『お返し』ができずに苦しむのかもしれません。

 

そして

そんな風に彼女が苦しむのを回避させてあげられる

パパさんやKURUさんに改めて敬意を表します。

 

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