②相手と「出会った」ことの意味

2015年7月13日不倫に悩んでいる方へ

The following two tabs change content below.
不倫パパ
管理人「不倫パパ」です。30代半ば、妻と娘二人の四人家族です。 趣味:絵を描く・娘と見るアニメ・BMX・ボルダリング

 

hugging-570872_640

会いたくても、会えない。

現実とは別世界の関係。

 

 

きっと、ただ抱きしめることでしか、想いの強さを伝えられないのが

この関係なのかもしれません。

 

 

それならば「会いたかった」と吐き出すだけで、他に言葉はいらないのかもしれません。

 

Sponsored Link



淋しさや辛さの受け止め方。

 

男はなんで好きだと言わないかなんて考えてきましたが、

淋しかった、好きだ、愛してる

抱きしめた腕の強さでしか、それを語れないのかもしれません。

 

そこに全ての気持ちが詰まっている。

 

 

でも、愛すれば愛するほど

同じ強さで愛されたいと思うはずです。

 

でも、決して自分が思うのと同じ強さで愛されることはありません。

言い方を変えるならば、

愛していると思っているほうは、どれだけ相手に愛されても満足しないのだと思います。

 

それをどうやって受け止め、受け入れていくか。

 

どうやって自分の心と向き合っていくか。

 

 

そこで、覚悟を決めた人というのは、

心を一段、階段に登らせているように感じます。

 

 

 

出会えたことの素晴らしさ。

walk-664898_640

淋しさや苦しさとどう向き合うか?

 

お互いがその気持ちを尊重しあえた時に、きっと二人が出会えたことの素晴らしさが分かるのだと思います。

 

それぞれが自分の世界を大切にしながら、分け合いながら一緒にいること。

そのまま共に輝いていく人生なら、素晴らしいことです。

 

切ない心と共に生きていくと思いますが、だからこそ男と女でずっといられるのだと思います。

 

 

私は、これは間違っていると思いますが、

相手が少しひどいことを言っても許してしまったり、ただのわがままだと分かっていても嫌われるのを恐れて受け入れてしまったり、

そうすることが自分の愛だと思い込ませてしまっている場合。

 

自分の淋しさを殺してまで受け入れてしまう事は、それを美徳のように感じているかもしれません。

 

それは相手の意のままに、自分の心を閉じ込めているだけだと思います。

 

 

ですので、私が思うこの関係に必要な強さみたいなものは、

この恋愛に対する「美学」のようなものだと感じます。

 

 

 

覚悟の上での美学。

eye-825401_640

本にもあるのは、不倫の恋の「品格」という言葉ですが、品格とはそのものに対する気高さや上品さといったもの。

 

でも、きっとそこまで気高いのもではなく、ドロドロとしたむき出しの感情のものであるのは初めから分かっている。

 

それでも、今ここにある気持ちが全てと信じて貫けるものは自分なりの凛とした「美学」でしかないのだと思います。

 

相手の言葉一つで、次の瞬間に自分がどんな気持ちを抱いているかさえ想像しにくい。

その時には、思いのほか臆病な自分だったり弱い自分だったり、それまで知らなかった自分に出会うこともあります。

 

自分の強さや弱さをこの恋愛に通して見てみることで、初めて見えてくること。

 

そこでもっとも直面するのは、この気持ちをどうしたらいいのか迷っている自分です。

 

 

結ばれない相手と分かっていて、なんでこの人を好きになったのだろう?

はっきりした理由なんて、わからないかもしれません。

 

それでもこの恋を貫くことは並大抵のことではなく、そしてそれは自己責任でもあります。

 

心を鍛え続けていかねばならない関係とも思えます。

 

愛にまつわる様々な心を変化していくなかで、それでも最後まで自分の「美学」を貫くしかないのだと思います。

 

そして出会った時と同じ勇気で、「さよなら」を告げるのをためらわないこと。

 

 

それが 相手と「出会った」ことの意味なのではないかと感じます。

 

 

本日もご閲覧ありがとうございました。




Posted by 不倫パパ